青松葉事件、発端・処刑など

江戸時代の大きな事件の一つに、名古屋城でおきた青松葉事件がある。
事件の発端は諸説あるものの真相は明らかになっていない。
ここでは、その青松葉事件を追ってみる。
■ 参考文献: 「実説・名古屋城青松葉事件 −尾張徳川家のお家騒動−」
 並びに 「尾張徳川家明治維新内紛秘史考説 −青松葉事件資料集成−」
 いずれも 名古屋の郷土史家・水谷盛光著

青松葉事件って、どんな事件?

徳川尾張藩で慶応4年(1868年)1月20日から25日におきた佐幕派弾圧事件を青松葉(あおまつば)事件という。14代藩主・徳川慶勝によって弾圧の命令が下された。理由は定かになっていない。
青松葉事件で処刑された重臣の一人、渡辺在綱の家が「青松葉の渡辺」と呼ばれており、その名から青松葉事件と呼ばれているようです。
この立て札と石碑は二之丸無料休憩所西南の愛知県体育館側にあります。青松葉事件の碑

青松葉事件で処刑された人は?

青松葉事件では「年来、姦曲の処置があったので、明朝により死を賜うものなり。」として、十四士が斬首されている。また、他にも多くの藩士が刑罰を受けた。以下に主な処罰を中心に記してみた。

氏名氏名氏名氏名
斬首渡辺新左衛門在綱榊原勘解由正帰石川内蔵允照英冢田愨四郎有志
安井長十郎秀親寺尾竹四郎基之馬場市右衛門信広武野新左衛門信邦
成瀬加兵衛正順横井孫右衛門時足沢井小左衛門貞増横井右近時保
松原新七直富林紋三郎信政
家名断絶等竹居新吉郎武野新五郎成瀬光太郎
永蟄居鈴木丹後守重到成瀬豊前守正植鈴木嘉十郎重熈大道寺主水直良
隠居・蟄居等松井市兵衛進八郎天野儀兵衛名倉鉞之介
加藤五郎左衛門本間太左衛門本杉録兵衛
蟄居滝川伊勢守忠雄千村十郎左衛門仲冬
隠居等若井鍬吉横井孫太郎沢井溢也
寄合成瀬比佐之丞

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