江戸時代・武士の刑罰、

江戸時代は身分によって適用される刑罰が異なっていた。名古屋城・青松葉事件では以下の刑罰に準じて執行されているので、ここで紹介する。

江戸時代の刑罰の種類

【閏刑】(じゅんけい): 士人・僧侶・婦女・庶人・廃疾者などに対して正刑に代えて科する刑罰のこと。江戸時代には、逼塞・閉門・蟄居・改易・切腹・晒・剃髪・叱・過料・手鎖などがあった。名古屋城の青松葉事件も武士の量刑が適用されている。

武士のみの刑罰と種類

刑罰内容
切腹(せっぷく)武士が体面を重んじ、罪を認めて自らを裁くという意味で切腹が許されている。
斬首(ざんしゅ)様物(ためしもの)にはされない。刑場で執行され、徒目付か小人目付が検視をする。
改易(かいえき)江戸時代の刑の一。武士の身分を奪って、家禄・屋敷を没収すること。蟄居より重く、切腹より軽い。(『広辞苑』第二版)徳川時代に、士分以上に科せし刑罰、其族稱を除き其家禄を没収して平民となししこと、蟄居より重く切腹より軽し。(『廣辭林」新訂版)
役儀取上げ
(やくぎとりあげ)
勤めていた役職を罷免されること。御役御免
蟄居(ちっきょ)江戸時代、士分以上に科した刑の一。閉門を命じた上、一室に謹慎させるもの。特に就寝蟄居せしめることを永蟄居という。(『広辞苑』第二版)徳川時代に、武士に科せし閏刑、閉門を命じたる上更に一室にこもりをらしめしこと、普通の蟄居と永蟄居とありて、各其罪状の軽重に従ひてこれを科せり。(『廣辭林」新訂版)
閉門(へいもん)監禁刑で、門扉を固く鎖し、窓を閉じ、昼夜とも出入を許さなかった。蟄居より軽く、逼塞より重い。(『広辞苑』第二版)徳川時代の刑罰。士人・社人・僧侶等に科せしもの。蟄居よりは軽く逼塞よりは重し、百日許のあひだ門を閉ぢ、奴僕の出入をも許さざりしもの。(『廣辭林」新訂版)
逼塞(ひっそく)門をとざして白昼の出入を許さないこと。閉門より軽く、五十日・二十日の二種。(『広辞苑』第二版)徳川時代に、士分及僧侶に科せし閏刑、即ち門を鎖して白昼の出入を聴さざりしこと、閉門より軽く、軽重に由りて、其日数に長短あり。(『廣辭林」新訂版)
遠慮(えんりょ)門を閉め潜り門を引き寄せておく。夜は目立たないように出入 りしても良い。
隠居(いんきょ)官職を退き家督の座を家族や親族に譲ること。逼塞や差控が付随することもある。
差控(さしひかえ)職務上の過失からしばらく自宅で謹慎すること。軽いものは慎みや謹慎という。

なお、全身分に共通する刑罰には、死刑の切腹と斬首以外・遠島・追放・押込・敲き・預か・晒し・市中引廻・闕所・入墨がある。

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