名古屋城の清須櫓
名古屋城の西北隅櫓(別名:戌亥櫓・清須櫓)

名古屋城の櫓:西北隅櫓−清須櫓

西北隅櫓は名古屋城の天守閣や本丸御殿などが完成した数年後の1619年(元和5年)頃建てられたもので、昭和37年から39年にかけての解体修理で清洲城などの他の建物の古材をしていることが判明しています。

西北隅櫓−清洲櫓

現存する名古屋城の三櫓のひとつが期間限定で公開。2008年6月1日までの2週間ほど。第二次大戦で焼けて再建された天守閣の近代的な建物とは違って、中の柱などを見るに付けて日本建築の技法のひとつが愛着を帯びて蘇ってくる。

西北隅櫓−清洲櫓

三重三層の構造で、三つ巴(紋の種類)の紋がある、いわゆる巴瓦となっています。

ちなみに、丸瓦は平安時代の終わりに従来の蓮華文から巴文に変わり、巴瓦が丸瓦の代名詞となりました。巴文とは三つ巴文のことであります。

西北隅櫓−清須櫓からの眺めと内部の様子

3階の最上階からの眺めは格別ですね。お濠も今は濁っていますが、当時はもっと透き通ったきれいな水だったのでは・・・。

西北隅櫓−清洲櫓

西北隅櫓の別名に清須櫓とあるのは、清洲城天守に使用されていた古材もあることから清須櫓ともいわれていますが、この屋根裏の柱はかなり太いですね。これなんぞもそうなんでしょうか。(3階屋根裏↓)

西北隅櫓−清洲櫓

1階入口に近いところに壁のつくりについての模型があります。こうした工程などは今は見かけなくなってしまいましたから、子どもたちや2〜30代の人には見てもピンと来ないかも知れませんね。

西北隅櫓−清洲櫓

左(↓)が石落しですが、石落しはお濠に面したところの西側と北側につくられています。右の写真は、2階から3階へ上がる階段の途中にある注意書きですが、2回西北隅櫓に登りましたが、2回とも頭をぶつけてしまました。くれぐれもご注意を!

西北隅櫓−清洲櫓

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